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横浜地方裁判所 昭和46年(ワ)1837号 判決

原告

鈴木正雄

右訴訟代理人

三好茂生

被告

渋谷松太郎

右訴訟代理人

平井篤郎

主文

一  被告は原告に対し別紙第二目録記載の建物を収去して別紙第一目録記載の土地を明渡し、かつ昭和四〇年一〇月三〇日から右明渡済みまで年額金八千円の割合による金員を支払え。

二  被告は原告に対し金四〇万円とこれに対する昭和四七年一月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決第一、二項は仮に執行することができる。但し被告において金一〇〇万円の担保を供するときは第一項の仮執行を免れることができる。

事実《省略》

理由

第一建物収去土地明渡請求について

一原告が本件土地を所有していること、被告が昭和四〇年一〇月三〇日本件土地上に本件建物を新築して所有し本件土地を占有しいてることは当事者間に争いがない。

二被告主張の賃借権の抗弁につき検討する。

(一)  被告の先代渋谷新三郎は原告から明治四三年ごろ本件土地の分筆前の(一)の宅地を建物所有の目的で賃借し、先代死亡後は被告が(二)の土地を引続き使用してきた。原告は昭和三九年一〇月一七日(一)の土地の表道路に面する部分52.52平方米(15.89坪)を道路拡張のため建設省に買収され、被告も(一)の土地上の建物その他一切を移転しなければならなかつた。そのため原告は(二)の畑を宅地に地目変更の許可を受け、被告にこれを宅地として引続き使用させ、被告は(二)の宅地に(一)の土地上の一切の物件を移転するとともに、本件建物を(二)の宅地上に新築してその敷地として使用してきたことは当事者間に争いのないところである。

(二)  また被告は原告に対し昭和四二年一二月二一日横浜地方裁判所に所有権移転登記手続請求の訴を提起し、被告は原告から(一)の土地の贈与を受け、(二)の土地を金三〇万円で買受け所有権を取得したと主張して争つたが、右訴は第一、二審とも被告の敗訴となり、上告棄却により敗訴が確定したことも被告の認めるところである。

(三)  右争いのない各事実によれば、先代渋谷新三郎の原告に対する賃借権を被告が相続により承継取得したものであり、被告が前訴を提起したことの一事をもつて、被告の賃借権が直ちに消滅するとは考え難く、その他特段の事情の認められない限り被告は賃借権を保有しているというべきである。

三原告主張の賃貸借解除の点につき検討する。

(一)  〈証拠〉を総合すると、被告は原告と親族関係等特別の関係もないのに(一)の土地の贈与を受けたと主張して前訴を提起したこと、また被告は不動産取引業者であるが、同訴訟において(二)の土地を三〇万円で買受けたと主張していること、これに対し本件土地の昭和三九年当時の時価は七、八万円であり、被告の取得した土地の総額は単価を七万円としても一〇五七万八四〇〇円となり、その他同年度の課税価格二〇八万九三二〇円であると原告が主張していることやあるいは建設省の買収代金が六三万五六〇〇円であることが認められることからしても被告の本件土地所有権取得の主張が果して条理に合するものであるか極めて疑わしい。のみならず前顕各証拠によれば、他人との間の土地所有権の得喪というとりわけ重大な契約にも拘らず、いつぺんの契約書すらなくその他これを確認するに足りる何らの証拠もなく、そのうえ被告が前訴で提出した甲第六、七号証(本件の甲第一三、一四号証)は原告の全く関知しない領収証であつて、被告はこれを作成するにあたり原告および長男清司が病気静養中の原告方に至り長男清司に甲第六、七号証に鈴木正雄の署名押印を強く求め、両者のやりとりを見た嫁の鈴木久江が清司の病気の悪化をおそれて久江の一存でその場しのぎに鈴木正雄の署名と有合せ印を押印したことが認められる。

このようにして、訴訟は被告が第一、二審とも敗訴し上告棄却により敗訴が確定したが、このことは被告の認めるところである。

このような訴訟の経過、結果を照らすと、被告は合理性の乏しい主張をして前訴を提起し確証もないのにことさらに事を構えて抗争した不法な訴と認めざるをえない。

(二)  そのうえ、被告は原告に対し地代を本件建物を新築した昭和四〇年一〇月三〇日以降今日まで全く支払つていないことは被告の認めるところである。もつとも被告は前訴を提起して抗争中であつたとはいえ、敗訴確定後も、被告は地代を支払わずその期間は八年になろうとしているのである。これは地代不払を正当とする事情の認められない本件において賃貸借の信義則に著しく背反するものといわなければならない。

(三)  そこで原告は被告に対し不法の訴提起と賃料不払を理由に本訴状をもつて無催告の解除の意思表示をなし、右訴状は昭和四七年一月八被告に到達したことは記録上明らかである。

(四)  よつて原告の被告に対する賃貸借の無催告の契約解除は適法になされ、右契約は有効に解除されたものというべきである。

四被告主張の相殺の再抗弁について検討する。

(一)  原告が被告からその主張の日に金三〇万円の交付を受けたことは原告の認めるところである。

(二)  また被告が原告に対し遅滞した地代債務と右不当利得債務とを対等額で相殺すべく、本答弁書の送達によつて相殺の意思表示をなし、右答弁書は昭和四七年四月二二日被告に到達したことは記録上明らかである。

(三)  しかし〈証拠〉によれば、被告が原告から賃借中の(一)の土地の一部が道路拡張のため建設省に買収され同地上の建物も移転しなければならなかつた。そこで原告は(二)の農地を宅地に地目変更の許可を受けた被告に同地上に本件建物を新築させ引続きその敷地として使用させた。右三〇万円はその謝礼金として授受されたことが認められるので、被告の相殺の主張はその前提を欠き理由がない。仮に被告の主張どおりであつたとしても、民法五〇六条二項に規定する遡及効は相殺の債権債務それ自体に対してであつて、相殺の意思表示以前既に有効になされた契約解除の効力に何ら影響を与えるものでないからいずれにしても被告の右主張は理由がない。

五よつて被告は原告に対し本件建物を収去して本件土地を明渡すべき義務があり、かつ〈証拠〉によれば、被告の支払うべき地代は昭和三八年度は年額八千円であつたことが認められ、その後原告から地代値上げの意思表示のなされたことを認めうる特段の事情のない本件では、昭和四〇年一〇月三〇日から契約解除の日である昭和四七年一月八日までは賃料として、その翌日である同月九日から右土地明渡済みまでは賃料相当の損害金として年額金八千円の割合による金員の限度で支払義務がある。

第二損害賠償請求について

一被告が原告に訴を提起したが、第一、二審とも敗訴し、上告棄却により敗訴が確定したことは当事者間に争いがない。

二被告の提起した訴の不法性についてはすでに第一の三の(一)に述べたとおりである。

三〈証拠〉によれば、被告の不法な訴に対し原告はこれを防禦するため弁護士三好茂生に訴訟を委任し、右契約に基づき第一、二審の着手金並びに報酬金として各一〇万円合計金四〇万円の支出を余儀なくされたことが認められる。右金額はいずれも横浜弁護士会報酬規定に定められた範囲内のもので、かつ不法な訴と相当困果関係にあると認められる。

四よつて被告は原告に対し右損害金四〇万円とこれに対する本訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四七年一月九日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

第三以上のとおり、原告の本訴請求は右認定の限度において正当であるから認容し、その余は失当として棄却し〈後略〉 (杉山修)

目録(略)

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